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水戸地方裁判所 昭和51年(ワ)327号 判決

原告

添田善一

ほか一名

被告

鈴木政男

ほか一名

主文

一  被告鈴木政男は、原告両名に対し各金二五二万二九六七円及び各うち金二三七万二九六七円に対する昭和五〇年五月一七日から各完済にいたるまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  原告らの被告鈴木政男に対するその余の請求、並びに、被告鈴木丑吉に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告鈴木政男との間に生じた分はこれを一〇分し、その八を同被告の負担とし、その二を原告らの負担とし、原告らと被告鈴木丑吉との間に生じた分は原告らの負担とする。

四  この判決の第一項は、仮りに執行することができる。

事実

原告は、「被告らは各自原告添田善一に対し金三七四万二四四四円、原告添田節子に対し金二五九万六三三二円を右各金員に対する昭和五〇年五月一七日から各完済まで年五分の割合による各金員を付加して支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決、並びに、第一項につき仮執行の宣言を求め、請求の原因としてつぎのように述べた。

一  (事故の発生)

訴外亡添田一久は、つぎの交通事故により死亡した。原告らは、右一久の両親で相続人である。

(一)  発生時 昭和五〇年五月一七日午後一時五分頃

(二)  発生地 日立市神峰町三ノ四ノ九地先六号国道上

(三)  加害車 自家用小型貨物自動車(登録番号茨四四は九五三八号、以下本件車両という)

(四)  被害者 訴外亡添田一久

(五)  態様並びに結果

被告鈴木政男が本件車両を運転して前記国道上の交差点を高萩方面から水戸方面に向かい直進中、横断歩道上を自転車に乗つて横断中の訴外亡一久と衝突し、右一久が重傷を負い、同月二二日頭蓋底骨折により死亡した。

二  (責任原因)

(一)  被告政男は、本件事故現場を本件車両を運転して通過する際、右道路は見透しのよい直線のやや下り坂の道路であるから、被告政男が通常の注意をしていれば、当然被害者が横断歩道上を渡つている状況を直ちに発見し得て最徐行もしくは一時停止してこれとの衝突を未然に防止し得たので、これを怠り、漫然最高速度三〇キロメートルに規制されている道路を時速約五〇キロメートルの速度で進行したために、自転車に乗つて横断歩道上を右から左へ渡ろうとしていた亡一久に本件車両を衝突させたものであるから、民法七〇九条並びに自賠法三条に基づく責任がある。

(二)  被告丑吉は、被告政男の父親であり、これと同居している。

「鈴木電気商会」開店に際しては、被告丑吉所有の勝田市東石川字ハマミチ一七六七番地家屋番号一七六七番木造スレート葺平家建居宅床面積六九・四二平方メートルを店舗に改造したり、本件車両を出資するなどした。又、右自宅の敷地の一部を本件車両の駐車場に使用し、被告丑吉の妻も店番をするなど家族ぐるみによる経営をしていた。そのうえ、被告丑吉自身も被告政男運転の本件車両に同乗して販売をなしているので、被告丑吉も本件車両の運行供用者として自賠法三条の責任がある。

三  (損害)

訴外亡一久は、昭和五〇年五月一七日より死亡に至る同月二二日まで志村胃腸科外科病院へ入院して治療を受けたが、結局死亡するにいたつた。

(一)  治療費 九万三八三二円

(但し、被告において支払ずみのもの)

(二)  入院雑費 三〇〇〇円

(但し、一日五〇〇円として六日間分)

(三)  付添費 六万円

亡一久は、本件事故により自発呼吸及び意識を失つていたため、酸素吸入を三〇分交替で手動でする必要上医者より一日常時五名の付添を必要とされたので、一人一日二〇〇〇円として2000円×8人×6日=60,000円なる算式による。

(四)  通信費 四万七七八〇円

1  電話代 六〇四〇円

亡一久の酸素吸入を手動でするため付添人を至急必要としたので、原告らの親戚の人達に付添の依頼をした費用及び原告善一が入院していた福島病院への連絡の電話代

2  交通費 四万二七四〇円

原告らの親戚の人達が亡一久の付添のために原告宅へ来た費用

(五)  父帰省のための交通費 二五万円

原告善一が出張先の大阪で不慮の事故にあい、大阪の福島病院に入院していた折、本件事故による亡一久の危篤の知らせがあつたため、重傷の身を亡一久に一目会うため特別に寝台を備えつけた自動車で日立まで帰宅した費用

(六)  葬式費用 六〇万円

原告、被告合意の上決定した額で被告において弁償ずみのもの。

(七)  逸失利益 一二三六万六八五三円

亡一久は、昭和五〇年五月二二日死亡したためつぎのとおりの将来得べかりし利益を喪失した。

(事故時) 満九歳の男児

(就労可能年数) 四九年

(新ホフマン係数) 一九・五七四

(収益) 月額一〇万五三〇〇円

(昭和五二年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の年齢階級別平均給与額を一・〇五九倍したものによる)

計算 105,300円×50/100×12ケ月×19.574=12,366,853

(八)  慰藉料 七〇〇万円

亡一久は、原告らの長男であり、かけがえのない子供であるところ、実父原告善一が出張先の大阪で不慮の事故に遭つて入院した翌日、引き続いて突然子供を失つた両親の嘆きは甚大である。よつて、右精神的苦痛に対する慰藉料としては、原告ら各自三五〇万円が相当である。

(九)  物損 七〇〇〇円

原告らは、亡一久に事故一年前に自転車を約一万三、四千円で購入し、約一年使用したので、当時の自転車の時価は金七〇〇〇円が相当であるところ、本件事故によつて破損し、使用不能となつたもの。この金額については、被告政男に対し民法七〇九条の責任によつて請求する。

(一〇)  弁護士費用 三九万五五〇〇円

(一一)  以上損害額に対し、被告政男より自賠責保険金一〇一一万四一二円、治療費として金九万三八三二円、葬式費用として金六〇万円の弁済があつたので、これらを控除した残額のうち、本訴においては金六三三万八七七六円の支払を請求する。

四  よつて、原告らは、被告らに対し各自請求の趣旨記載の各金額及びこれらに対する事故発生の日である昭和五〇年五月一七日より右各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告両名は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として「請求の原因第一項の事実は認める。同第二項の(一)は争い、(二)は否認する。同第三項の事実中、(一)ないし(一〇)は争い、(二)のうち、損害の填補の点は認める。同第四項は否認する。」と述べ、つぎのように主張した。

一  本件事故は、自動車と自転車の接触事故であつて、被告政男の自動車は直進であり、亡一久の運転する自転車は横断歩道上の横断中の出来事である。そもそも横断歩道は歩行して通行すべきものであつて、自転車に乗つたまま通行すべきものでない。たとえ右一久が児童であつたとしてもその理に変りはなく、四割の過失相殺を主張する。

二  被告丑吉に運行供用者としての責任はない。

(一)  本件車両は、被告政男が自己の名において購入したものであり、その代金支払い、保険契約、保険料支払いは同被告がなしている。

(二)  本件車両は、被告政男の営む電気器具販売及び修理等営業上使用する目的で購入し、現にそのとおり使用管理している。

(三)  被告丑吉は、土木作業員として第三者に傭われて収入を得ているものであつて、被告政男の営業とは何らかかわりもない。同被告は運転も出来ず、かつ、本件車両による恩恵も受けていない。

従つて、被告丑吉に本件車両の運行支配も、その運行利益の帰属もなかつたから、自賠法三条の保有運行者ということはできない。

三  損害について

(一)  原告は、損害額について、弁論終結時に当初の付添費を金三万六〇〇〇円から金六万円に、葬式費用を金三〇万円から金六〇万円に、逸失利益を金九二七万八〇七六円から金一二三六万六八五三円に、慰藉料を金六〇〇万円から金七〇〇万円に各訂正しているが、右は事故の発生から三年を経過したのちの新たな請求で時効により消滅したと解する。

(二)  原告は、葬式費用は金三〇万円要したと主張したので、被告もこれを肯認し、葬式費用金三〇万円を主張し、被告が葬式費用名義で原告に支払つた金六〇万円の残金三〇万円を原告の他の損害に充当すると主張した。しかるに、原告が葬式費用を金六〇万円に変更することは一種の自白の撤回であつて許されない。

(三)  原告は、慰藉料及び逸失利益につき現時点を算出基準にして訂正したが妥当でない。蓋し、本件訴訟の遅延は主として原告側にあり、かかる額の訂正は信義則上許されず、事故時を基準として参酌すれば十分である。

証拠として、原告らは、甲第一ないし第七号証、第八号証の一、二、第九、一〇号証、第一一号証の一ないし三、第一二号証の一ないし一五、第一三号証の一、二、第一四ないし第一六号証、第一七号証の一、二(昭和五三年七月二五日原告善一が撮影した写真)、第一八ないし第二四号証を提出し、証人川俣和、同佐藤正雄の各証言及び原告本人添田善一、同添田節子(一、二回)各尋問の結果を援用し、乙第四号証の成立は不知、その他の乙号各証の成立は全部認める、と答え、被告らは、乙第一号証の一ないし四、第二ないし第五号証、第六号証の一、二を提出し、被告両名各本人尋問の結果を援用し、甲第五号証の成立は不知、甲第一七号証の一、二が写真であることは認めるが、その撮影年月日は不知、その他の甲号各証の成立は全部認める、と答えた。

理由

一  請求の原因第一項の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告らの主張する被告らの責任原因について判断する。

(一)  被告政男の責任原因

成立に争いない甲第一一号証の一ないし三、第一二号証の一ないし一五、第一三号証の一、二、第一四ないし第一六号証、第一九ないし第二三号証、証人佐藤正雄の証言及び被告鈴木政男本人尋問の結果を総合するとつぎのような事実が認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

1  事故現場は、日立市内をほぼ南北に縦断する幅員一二メートルの歩車道の区別のある六号国道で、これに幅員五・五メートルの同市若葉町より大雄院にいたる道路が直角に交差する地点で、信号機は設置されていないが横断歩道が交差点の四隅に設けられている。交通規制は、駐車禁止、最高速度三〇キロメートルの標識が設置されている。

2  被告政男は、本件車両を運転して北より南へ向つて時速約四五キロメートルで道路左側のセンターライン寄りを進行して右交差点に差しかかつたところ、考え事にふけり、前方不注視のまま漫然同一速度で右交差点を通り抜けようとした際、前方交差点出口(交差点南側)の横断歩道上右側端より五メートルのセンターライン近くを右より左へ(西方から東方へ)向つて自転車に乗つて横断中の訴外亡一久を約一六メートルの距離に接近してはじめて発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、右一久の自転車前輪付近に自車右前部を衝突させ、同人を路上に転倒させた。

3  亡一久は、当日サツカーの練習のために宮田小学校へ行こうとして、練習時間が迫つていたため、家人から自転車で練習に行くのを止められていたにも拘わらず、自転車に乗つて出かけ、右国道左側を南方から北方へ向つて進行して来て、前記横断歩道上を自転車に乗つたまま西方より東方へ横断しようとして本件事故に遭遇した。

右認定事実に徴すると、被告政男は、自動車運転者として、かような交差点を通過する場合は、最高速度を守るべきは勿論のこと、前方左右を注視して横断者の有無を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠つた点に過失のあることが認められるから、同被告は民法七〇九条により本件事故によつて原告らの蒙つた損害を賠償する責任がある。

なお、右事実によると、被害者においても車両交通の頻繁な六号国道を横断するに当り、横断歩道上を歩行によらず自転車に乗つたまま左右の安全に注意しないで横断の挙に出たものと推認せられるので、右道路状況、事故態様に照らし約一五パーセントの過失相殺をなすのが相当である。

(二)  被告丑吉の責任原因

前記甲第一四号証、成立に争いない甲第二二号証、証人川俣和の証言及び原告添田節子並びに被告両名各本人尋問の結果を総合すると、被告政男は、昭和四四年頃から肩書地で電気器具販売業を営んでいるものであるが、右開業に当りその父親である被告丑吉が店舗改装資金の半分位を出してやつたこと、以後被告政男は独立して右営業を営んでいるもので、被告丑吉は別に土木作業員として働らき一ケ月八万円位の収入を得ており、ただ休みのときなど被告政男がアンテナ立ての仕事をするときなどこれを手伝つてやつたりする程度であること、本件車両は被告政男が本件事故の前三ケ月頃にそれまで持つていた車を下取に出し、頭金二六万円位を支払い、他はローンとして代金七二万円位で買い受けたもので、強制保険ももとより同被告名義で加入し、保険料も同被告において支払い、専ら同被告の営業に使用していたもので、被告丑吉は運転免許を有しないから本件車両を運転することはなく、ただ、たまに被告政男が被告丑吉の用で同被告を乗せることがある位であることを認めることができ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。してみると、被告丑吉は、本件車両の運行による利益を受けているものとは認め難く、もとより運行支配をなしているものとは認められないから、同被告に自賠法三条の責任を認めることはできない。

三  そこで原告らの主張する損害額について検討する。

当事者間に争いない事実に成立に争いない甲第三、四号証、乙第三号証及び原告添田節子(一、二回)各本人尋問の結果に弁論の全趣旨によると、本件事故により原告らの蒙つた損害はつぎのとおりである。

(一)  訴外亡一久は、昭和五〇年五月一七日本件事故により頭蓋底骨折の重傷を受け日立市若葉町一丁目所在志村胃腸科外科病院に入院して治療を受けたが同月二二日死亡するにいたつたが、その間の治療費として金九万三八三二円を要したが、被告政男において支払つた。

(二)  右入院期間中、一日五〇〇円の雑費を要したと推測されるので、六日間金三〇〇〇円を計上するのが相当である。

(三)  亡一久は、前記重傷により自発呼吸及び意識を失つていたため、酸素吸入を三〇分交替で手動でする必要上、一日常時五名の親族、知人が付添をする必要があつたので、付添費相当の損害として一人一日二〇〇〇円として、六万円を計上するのが相当である。

(四)  亡一久の前記酸素吸入を手動でするため親戚、知人に連絡をとつたり、当時大阪で入院していた原告善一に病状を報告するための電話料及び親戚、知人が亡一久の前記付添のために遠方からかけつけるためにかかつた交通費として計金四万七七八〇円以上を要した。

(五)  亡一久の葬儀費用としては七八万円余を要したが、原告節子と被告政男が話し合つた末昭和五〇年八月八日に葬儀代として被告政男が金六〇万円を原告節子に支払つた。

(六)  逸失利益

亡一久は、事故当時満九歳の健康な男子であつたから、本件事故に遭遇しなければ、一八歳より六七歳に至るまで四九年間稼働することができ、右稼働期間を通じて少くとも一般労働者の一八歳時の平均賃金程度の収入を継続して得たであろうことは容易に推測し得るので、これより生活費としてその二分の一を控除した純収益につきホフマン式計算法によつて民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して事故当時の現価額を算定するのに、労働省調査賃金構造基本統計調査(いわゆる賃金センサス)昭和五〇年度学歴計一八歳時の平均賃金年収(賞与その他の特別給与を含む)は一一三万七二〇〇円であるから

1,137,200円×1/2×19.574(9歳時の新ホフマン係数)=1,112万9,776円

なる算式により、金一一一二万九七七六円となる。

(七)  自転車の破損による損害

原告らは本件事故の一年位前に亡一久に代金一万三、四千円で自転車を購入してやり、約一年位使用したので、当時の時価は七〇〇〇円相当であつたところ、本件事故により破損し使用不能となつたので、同額の損害を受けた。

(八)  以上(一)ないし(七)の損害額合計金一一九四万一三八八円に対し、前記被害者の過失を斟酌すると、過失相殺後の損害は金一〇一五万一七九円となる。

(九)  慰藉料

亡一久は、原告らの長男で将来を楽しみにしていたのに、被告政男の重大な過失により重傷を受け、六日間にわたる必死の治療にも拘わらず遂に死亡するに至らしめられたもので、その悲嘆は察するに余りがある。本件の事故態様、被害者の前記過失等諸般の事情を勘案すると、原告らの慰藉料としては各金二七〇万円宛をもつて相当とする。

(一〇)  損害の填補

以上の原告らの損害合計金一五五五万一七九円に対し原告らが被告政男から自賠責保険金一〇一一万四一二円、治療費九万三八三二円、葬儀費用金六〇万円を受領したことは、当事者間に争いがないので、その残額は四七四万五九三五円となる。

(一一)  弁護士費用

原告らは、弁護士費用として金三九万五五〇〇円を要したものと推認せられるところ、本件審理経過、事件の難易、原告らの右損害認容額等に鑑みると、右のうち金三〇万円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(一二)  原告らは、原告善一が大阪で不慮の事故に会い入院中であつたため、特別に寝台を備えつけた自動車で帰省した費用を損害として請求しているけれども、右はいわゆる特別事情による損害であつて、これを被告政男に負担せしめるのは妥当でない。

(一三)  被告らの主張三の(一)については、訴訟の経過において損害賠償請求権の額を拡張することがあつても、あくまでもそれは一箇の損害賠償請求権であつて、その拡張部分が独立して時効の対象となるものとは解せられないから、被告らの右主張は理由がなく、又三の(二)についても、かかる主張の変更は自白の徹回には当らないと解するから、右主張も理由がない。

四  以上の次第で原告らの本訴請求は、被告政男に対し各金二五二万二九六七円及びうち弁護士費用分を除く各金二三七万二九六七円に対する本件不法行為の日である昭和五〇年五月一七日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容すべく、同被告に対するその余の請求及び被告丑吉に対する請求は理由がないから失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋久雄)

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